Vamp!U 〜第1楽章〜
「『おとり捜査』、でありますかぁ…?」
通りを行く人のどこか忙しない官庁街の一角、警視庁本庁捜査1課の朝は、シン・アスカ巡査長の間の抜けた一声から始まった。
「そうだ。今回はちゃんと聞いていたようだな、アスカ巡査長。」
この部屋のTOPに立つイザーク・ジュール警視正は、革張りの椅子から立ち上がると、襟もとをただしながら、もう一度ビシッと部屋中よく響く声で念を押した。
「ここ数週間で起きている『連続女性行方不明事件』。今までは一班だけで対応してきたが、犯行が複数に及び現在も犯行が続いていることから、捜査一課全体での対応となった。次の被害が出る前に、なんとしても解決しておかねばならない。警察の威信にかけても、だ。」
幾人かの女性の写真が張り付けられたホワイトボードの前に移動すると、一課所内全員の目がイザークに注がれる。
「先々月から庁内管轄で若い女性が連続して行方不明になっていることは、一班だけでなく、もう全員の耳に入っていることだろう。ここにきて被害者たちに関する情報を明らかにしておきたい。バレル巡査長」
「はい。」
呼ばれたレイ・バレル巡査長が立ち上がり、同じく腕を組んで報告を待つ、イザークと反対側のホワイトボートの片側に立った。
白く長い指で手帳をめくりながら、落ち着いたテノールで話し出す。
「女性は10代後半から20代。彼女らにこれといった接点はありません。被害者は皆、街中の監視カメラに夜の10時ころから0時ころに映っていることが証明されています。そしてその様子から、直後に監視カメラの行き届かない場所で何らかの事件に巻き込まれたと考えられます。そして接点がないと先ほど伝えた中で、唯一女性たちの共通の特徴がありました。それは…」
レイは一呼吸置くと言った。
「全員『金髪』ということです。」
部屋内がざわつく。
「と、言うわけだ。」
レイが手帳を閉じたと同時に、一番前の席に座っていたディアッカが立ち上がった。
「ここで一番考えられるのは、事故というより何らかの目的で『金髪女性』を集めている誘拐犯がいるんじゃないかってこと。普通の誘拐事件だったら、ここで身代金の要求がでてもおかしくないわけだが、被害者の家族には全くそんな要求が一つとして入ってきていない。てゆーことは、だ…わかるか、ホーク姉。」
ふられたルナマリアが姿勢を正す。
(身代金目的の誘拐じゃない…ということは、その女性たちそのものが目的ってこと…? だとすると…)
ルナマリアは凛とした声で答えた。
「女性そのものを目的として拉致した、ということですか?」
「ピンポーン♪」
ディアッカが人差し指を立ててウィンクした。またも周囲がざわつく。
「つまりは、だ。」
イザークがすぐさま張りつめた空気を呼び戻す。
「いわゆる『人身売買』が目的の犯行ということを第一の視野に入れなければならない、ということだ。そうなると組織的な犯行であるから、この場合犯人は一人ではない、という危険は十分把握できる。しかし組織となると奴らは巧妙に犯行をカモフラージュする手を持っているうえに、しっぽはなかなか掴ませてはくれないだろう。そこでだ。」
イザークが視線を送るのは―――ルナマリア
「ホーク姉に金髪女性を演じてもらい、奴らの手が伸びたところで犯人を捕らえる。一人見つかれば芋づる式に組織を拿捕できるだろう。」
またもざわつく課内の視線が一斉にルナマリアに集まる。
(私が…おとり役…?)
初めての大役だ。いつもはチームを組んで大勢で後ろから犯人を追いかけているばかりだが、今度は自分がチームの先導をきることになるのだ。
目を見開き、心臓の鼓動が早くなる。
金髪女性に扮した自分に手を伸ばしてきた犯人を捕まえる。自分の活躍で犯人を挙げられる。そうしたら、今までその他大勢の一人でしかなかった自分にスポットライトが当たる。
そうしたら……
「ちょっと待ってください!」
ルナマリアの広がる想像を打ち破るように、口を挟んだのはシンだった。
「何でルナなんですか?今まで大勢のチーム組んでしかやってこなかったルナを、一人で犯人の真っただ中に出すなんて、危険じゃないんですか?もっとベテランの女性刑事を出すべきじゃないですか?」
「大丈夫だ。我々だって何もしないわけじゃない。ホーク姉に万一のことが無いよう我々も見張って―――」
イザークの言葉を切り口上でシンが抑え込む。
「大丈夫なんて絶対言えますか?大体こんな大変な役、ルナには無理ですよ。」
(無理!?)
そう言われてルナマリアがカチンときた。
(何で無理なのよ!?私がそんなに普段から役に立たないわけ?)
警察学校の同期で、就職してからも同じ本庁の同じ課になり、恋人兼同僚として一緒に仕事をしてきたシン。だけど彼氏だというなら、普通は彼女の活躍を応援してくれるもんじゃないの!?
「いえ、大丈夫です。やれます。」
周囲にきっぱり言い切った。
「でもルナ―――」
まだ何か言いたげなシンを振り切って、きちんと姿勢を正すと、イザークに向かってルナマリアは敬礼した。
「ルナマリア・ホーク。おとり捜査拝命します。」
「頼んだぞ。今度こそVampに邪魔されることなく………そう、Vamp、Vamp、Vamp!!」
自分の発した言葉に苛立ったイザークがホワイトボードを叩き、颯爽と言い切った。
「いつも俺たちの先を行きまわりして、義賊の真似事でもするようなあの連中に出し抜かれることなく、今度こそ我々でしっかりと検挙するんだ!」
***
「…ふーん…『連続女性行方不明事件』か…」
暗がりの中、煌々と映し出されるパソコンのモニターの中には、熱弁するイザークの姿。
それを見つめるのは、冷徹な光を放つ翡翠の瞳。
捜査一課の部屋内に設けられている監視カメラは、当然ながら部外に漏れることはない。だがその網を巧妙な手で潜り抜けて侵入し、この部屋のPCモニターにくっきりと映し出されている。
「『Vamp』に邪魔される前に―――か。」
無表情でモニターを見ていたその口角がわずかに上がる。
幾つか未解決の事件を探していたが、一番効率よく『彼女の糧』を得られるのは、この事件だろう。
そう思いつつキーボードを叩くと、極秘情報となっているデータが、目の前のPCにスルスルと記録されていく。
「悪いな、イザーク。今回の獲物も俺たちが頂く。」
そういって必要な情報を吸い上げると、彼はPCの電源を落とした。
***
「待てよ、おい、ルナ!」
その頃警視庁の長い廊下を急ぎ足で歩くルナマリアを、必死にシンが追いかけていた。
「何よ。私これからおとり捜査の役作りと打ち合わせで忙しいんだけれど。」
先ほどのやり取りがまだ頭に残っていて、なるべく声を荒げなうようにしていたが、つい言葉尻にきつい口調が入ってしまう。
「だって、危ないじゃないか!ルナに何かあったらどうするんだよ。」
「じゃあ何、私には荷が重すぎますから無理です、っていえばいいわけ?」
「そうじゃなくって、何もルナがその役を引き受けなくても、俺たちと一緒にいつものバックアップをやればいいって。」
「忘れてた?私も刑事なのよ。そのくらいの危険、覚悟の上よ」
「嫌なんだよ!」
シンが声を荒げる。真摯な赤い瞳がルナを見つめる。
しかしルナマリアも負けてはいない。大体今更いやだの不安だのを言われても、何の説得力もない。
ただでさえ、シンとはこのところ仕事のシフトもずれている。そのためチームも別々になっている。たまに会っても事件で私的な話が全然できない。
デートはおろかろくに話を聞いてくれる時間もない。今のチームに入って、自分だって随分と成長したはずだ。だからジュール警視正が自分を推してくれたのだ。
今の私を知らないくせに、そんな彼に「大役は無理」ときめつけられて頭に来ているのだ。
いや…それだけじゃない。
刑事は想像していた以上に地味な仕事、表に出て注目を浴びる仕事ではない。人から感謝されることもなく、陰でひっそりと市民を守る。そんな日の当たらない仕事ばかりだ。その自分にようやく活躍の場面が与えられたのだ。
あの眩しい少女・・・ステージで輝きを放っているあの少女のように、自分も輝ける働きがしたい!
もちろん比較になんてできない。でもあの少女との比較が今の自分のイラつきの原因であることは自分でもよくわかっている。それだからこそ、この事件で手柄を上げ、輝きたいのだ。
「シン、あんたに何がわかるのよ!いつも男性職場で日の目を見ない私が、ようやく役目を果たせるのよ!心配心配言ってるけれど、あんた、私の気持ちとか全然気づいてくれていないじゃない!」
「ルナ…」
シンが辛そうにうつむく。言い過ぎただろうか。でも今のルナマリアにそれを気遣う余裕はなかった。
「私、絶対やり遂げてみせる。Vampの鼻を明かして、ジュール警視正の度肝を抜いてやるんだから!」
そういって、シンを置いたまま、ルナマリアは歩みだした。
***
斜陽が部屋をオレンジに染め始めたころ、ガウンを着たカガリが眠そうな目をこすりつつリビングに現れた。
「おはようカガリ。よく眠れたか?」
そう呼びかける翡翠は、先ほどの冷徹さなど微塵も感じられないほど一転して温かみを湛えている。
「うん。今日はライブのリハだし頑張らなきゃいけないよな。」
そういうカガリの声にはやや元気がない。
アスランはリビングのソファから立ち上がり、ぼんやりと立つカガリの頬に触れ、そっと唇を寄せる。
肌が幾分か張りをなくしている…血色もあまり良くない。
(これは―――やはり贅沢を言わず、先ほどの事件を狙うしかなさそうだ)
起き抜けのカガリに作ってやる、いつもの血のように赤いジュースをグラスに注いでやると、カガリはそれを一気に飲み干した。
「カガリ、次のターゲットが決まったよ。」
「ほんとか?」
アスランが先ほど警視庁から抜き取ったばかりのファイルをノートパソコンに落とし、カガリに見せた。
「『連続女性行方不明事件』…被害者は全員金髪の女性か…私にぴったりじゃないか。」
「確かにカガリに向いているかもしれない。多分犯人は複数だろうから、その分ターゲットも多いだろうしな。」
「じゃあまたVampの活躍しどころだな。」
カガリはそう言って、人間にはあり得ないほどの白い頬を少し紅潮させる。
カガリは―――人間ではない。
人の血を糧とする『ヴァンパイア』だ。
だが物語や伝説のヴァンパイアのように人が死に至るまで吸血することはない。
カガリの場合、血よりも『人間の欲望』が糧となっている。
血とともに『欲望』を吸い取ることで、カガリの生命は維持されているのだ。
幼い日、アスランは友達となったカガリのその秘密を知った。人間の血を干からびるまで吸うわけではない。だったらいいのではないか、と思ったが、カガリの養父であるウズミに諭された。
『欲望』と『希望』は紙一重。
もし「希望」を吸い上げてしまったら、人は生きる目標を失い、生きる屍となってしまう恐れがある。果たしてそれはいいことだろうか。
ウズミからカガリを託されたとき、アスランは決心した。
この世には『欲望』にまみれた犯罪者がいる。その欲を吸い上げれば、犯行の温床は取り除ける。そしてカガリの糧となる。
ならば…警視庁から未解決の事件を抜きだし、その事件の犯人をカガリに与えれば。
こうして重犯罪者をわり出し、警察が捕まえる前に欲望を取りだし、犯人は警察へと送る―――『Vamp』という二人組が誕生したのだ。
警視総監の息子という立場を利用し、アスランは足がつかないようにして情報を仕入れ、作戦を練る。そして人間以上の身体能力を持つカガリが忠実にそれを実行することで、Vampは警察では解決しきれなかった難事件を警察より先に解決してしまうことで、今やヒーローとまで化している。
「じゃぁ私が街中歩けばもしかしたら犯人が私に狙いを定めるかもしれないな。」
「あぁ、イザークの情報を見ると、失踪場所はある程度、警視庁本庁管轄内のこの範囲に限定されている。だが犯人もバカじゃない。いつまでもこの付近に出現するとは限らないだろう。警察が動き出して警戒を強化するかもしれない。」
「うーん、だとしたら、一体どこに出没するかわからないじゃないか。」
「いや、限定はできる。」
アスランはマウスを動かすと、範囲より南―――海側を指定した。
「多分監視の目がきつくなれば、長距離移動を減らすのがセオリーだ。そして誘拐した女性らを監禁するには、倉庫街などの人気のない目立たない場所を選ぶだろう。そして人目につかないように女性を運ぶには、電車や車では足が付きやすい。とすると一番使いやすい手段は『船』だ。だとしたら範囲は沿岸近辺の繁華街に限られる」
「じゃぁこの範囲で私が張れば、犯人が引っかかるかもしれないな!よし、やるぞ!」
「待て、カガリ」
そういってアスランが取り出したのは…赤い石の着いた指輪。
それをカガリの薬指にそっとはめる。
「アスラン…なにを―――」
「本当は君を『おとり』なんていう危険な目に併せたくないんだ。できる限り君が安全で負担がかからないような事件を選択すべきだったのに、今回はそれができなかった。本当にすまないと思っている。」
「何言っているんだ!だって迷惑かけているのは私だぞ。私さえいなければ、アスランにこんな苦労させなくていい―――」
言いかけた唇をそっとふさぐ。
ひとしきりその触れた唇の温もりを感じあった後、アスランはカガリを胸に収めた。
その柔らかな金糸を愛しげに撫ぜながら伝える。
「俺は…君がいてくれるだけでいい。君がいるならどんな苦労だっていとわない。」
「アスラン…」
思わず頬が赤らむ。目を閉じてアスランの息遣いと心臓の音を聞くと…不思議と安心する。
「今回の事件は一気に君の栄養になるかもしれない。危険なことが起こっても、絶対俺が君を守る。だから安心してくれ。」
そう言ってアスランはカガリを抱きしめる腕に力を込めた。
・・・to be
Continued.